現代医学と社会への反感

生を受けた時、私は医者に助からないと言われた。
生き延びたけれど、以来ずっと病気、病院、薬が隣り合わせ。
幼稚園は半分しか通えなかった。
お留守番、保健室、発熱・・・私の思い出の枕詞・・・(T_T)
現代医学がなければ、助かっていなかった。

そして、16歳。降って湧いたのごとく突然私の体に出現した
『爆弾』。
私はそれからの15年を、地雷原を歩く恐怖のような失望と苦しみと
怒りを抱えていくことになった。

七転八倒の痛みで息も絶え絶え深夜救急外来に運び込まれたのは、
数え切れない。
ベッドの上で苦しむ私に
「痛いのは気のせい」「痛いはずがない」と苛立たしく私を「ウソツキ」
呼ばわりした医者。
「怖くて手が出せません」とたらいまわしにした医者。
「まったく異常はありません」と言い切った医者。

気のせいで死ぬほど痛いのか?死ぬほど痛いのに異常無し?
そんな馬鹿な!。。。。。。効かない薬、原因不明。。。。
私の病院・医者・薬嫌いはココから始まった。

大学を出て、社会に出ると、この『爆弾』による体調不良での欠勤に
会社側が「疑い」の目を向ける。
「ズル休み」として、陰口を叩かれ、虐められ。

この爆弾が爆発すると、1週間は食事が摂れなくなる。
激痛が10時間も続き、のたうち回る。受診したにも係わらず
1日半痛みに耐え再度病院に搬送されたことも。
体重は1回で2~3キロ減。
身長158センチで体重40キロを超えることが至難。

頼りにならない医者。
いたわりの無い社会。
絶望。

優しさや安心ってどこにあるの・・・?
私は・・私だけでも優しくありたい。
弱者が不安を抱え泣き暮らす世の中なんてまっぴらだ。
ずっとそんな想いを抱えていた。

手も足も出ない無力さへの悔い

伯母は末期ガンで余命宣告を受けた。
彼女の人生は本当に波乱万丈で、なぜこの人はこんなに苦しみばかり
なのだろうと思うほど悲劇フィクションばりの過酷な人生だった。
そんな伯母は「死にたくない」と号泣し、それから間もなく意識不明となり
亡くなった。

病院にいても、とてつもなく苦しいおもいを死ぬ間際まであじわっていた。
激痛と激しいおう吐。誰にも止められない・・・ガリガリにやせ衰えてなお
病院のベッドにいるのに1つの安らぎも休息も与えてやれない無力さ。

意識不明になっても、ずっと表情は歪んだまま・・・

お湯を汲んできて、タオルで体を拭いてあげ、腕をさすってあげる。。。

伯母が息を引き取ったあと、他に何かできることはなかったのかと
自問自答する日々・・・

包括的判断の必要性

現代医学は、分業制だ。
○○科に分別され、医者は専門しか診断しない。
しかも、患者の生活環境や精神、身体全体を包括して診断することは
ほとんどない。自分の専門には当てはまらないと診断を下すと、
「異常なし」または「他の科を受診する」ことをすすめられる。
他の科を受診して原因や病名が判明すればいいのだが、不明なまま
ということもある。ここでもまた「異常なし」を告げられ途方に暮れる。

自分の不調の原因がわからないので、どの科を受診するのが正しいのかも
わからないまま、同じ病院内でいろんな科をたらいまわしにされ、または
他の病院を受診して同じ検査を何度も受ける・・

そういう西洋医学(現代医学)に嫌気がさして、私が注目したのは東洋医学。
医食同源を掲げる中国の医療「漢方」は点ではなく線、またはもっと全体的
に診断し判断する。漢方薬ってどんなだろう??
そんなことを思っていた矢先

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香りの力 癒し 芳香植物(ハーブ)

アロマテラピー検定受験の広告に並ぶ文字達が
私の頭の中に ”やるべきことの芽”を発芽させた。。。

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